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幸福と希望 

2011.01.07
Fri
23:08

「幸福度」を考慮して経済を考えよう、という意見がある。

ブータンが提唱する国民総幸福度 (Gross Domestic Happiness)が有名だ。ほとんどの国が国内総生産(GDP)で競う中、ブータンは、国民 一人一人の幸せを高めようとしている。

最近ではフランスやイギリスでも国民の幸福度を示す指標の開発を検討しているというし、日本で管首相が「不幸を最小にする社会」をめざす、としているのも、この考え方の逆の表現ということができる。

そもそも経済や科学の発展は、人間を幸福にするためにあるはずで、一応、私もその考え方には賛成する。

だけど、極めて個人的で主観的な「幸福」というものを、どうやって客観的に判断するかはとても難しい問題だ。
はたして、数字で表せるのか?比較はできるのか?


他方で、玄田有史らは「希望学」を提唱している。
今日の日経新聞の「経済教室」には「2011 日本の針路3」で玄田氏の記事が出ていた。

玄田は「幸福と希望は異なるもの」だとし
幸福は「このままの状態が続いてほしい」と維持や継続を求めるものだが、
希望は「未来はもっと素晴らしい」と信じられるときにあらわれる、のだという。

将来が今より良くなると考える人が、はたしてどれくらいいるだろう?現在の日本の状況は、「希望が失われたといわれて久しい」という状態。

だからつまり、「幸福」とか「不幸を最小に」というより、「希望」を生み出す努力が必要なのだ、ということ。失われた希望を回復していくための「希望学」を、という主張だ。

「希望という物語は、与えられるものではない。自分たちの力で紡いでいくものである」。
目先の計算にとらわれないスピリットと、依存体質からの脱却。

なるほど。
きっとがむしゃらな取り組みが必要なんだろうな。明治維新や戦後復興の時のような…。

それは多くの組織や会社にあてはまることだし、同時に私自身の課題でもある。




キタバ社会保険労務士事務所(奈良・橿原)


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